やまなかまりこができるまで4ー大阪から横浜へ

やまなかまりこができるまで4
横浜スタート編

◆1 来たくなんてなかった横浜

今でこそ大好きになった横浜ですが、最初はとにかく本当に嫌でした。
社宅なので家でのレッスンもできなくなる。どうしようと悩む日々。
引っ越しで息子は小学校3か所目。学校の手続きに、各種カードや様々な住所変更。
せっかくできたコミュニティを離れてまたゼロに戻った気分。
毎回引っ越しの時は夫婦喧嘩が勃発です。ほとんどの手続きは私がやる上に大抵自分も子どもも引っ越しによる心労で体調を崩す。夫も新しい職場で気持ちがすり減る。この悪状況でお互いにイライラが募りどこかで大爆発。今回も喧嘩勃発で「横浜になんて来たくなかったぁああああ」と大泣きし大騒動となったのでした。
私はどこに行ってもすぐに仕事を開始している前向きなイメージのはず。でも、実際はこうして泣きまくって、のたうち回って引っ越ししていました。もちろん、プロなので最後まで仕事はちゃんとやってから出てきています。でも、気持ちの部分はいつもそんなにサクッと切り替えというわけにはいかない自分でした。

◆2 働き方を模索する日々

ものすごくメンタルガタガタな一方で、泣きながらでも意外と仕事はしている私。というか、もう嫌すぎて仕事でもしてないとやっていられないというのに近いわけですが・・・。
引っ越しする前の大阪にいるうちから横浜で活動している講師たちのブログに読者登録をしまくっていました。
横浜にいったら会いに行こう!とそんな風に考えていたのです。だって、そういう希望がなくちゃ引っ越しなんてやっていられないわけです。
と同時に、林さんが大阪の最後に言っていた「まりちゃん、大阪に仕事でおいでよ」はずっと頭の中でリフレインしていたのでした。
「どうやったら大阪にいけるだろうか?」
「ここでは今までのやり方ではダメかも」
「息子たちもそろそろ学校の関係で引っ越せなくなる」
どうしよう、ここは新しい働き方を模索しなくては・・・・・
そんな風に考え始めた時期でした。
 
 

◆3 とにかく発信の日々

働き方を模索するためにまずやったことは人に会いに行くこと。もう横浜ではこれまでの一人で立ち上げて一人で運営というやり方は卒業しよう!そう決めたのです。引っ越しがあると自分が作ったグループも誰かに託したり、手放したりしなくてはならない。それはお客様にも迷惑をかけること。脱一人!そう思ったのでした。とはいえ、はじめて会う人に私と組むメリットをわかってもらわなくては!ということでまずは自分で横浜の団体を作り開催をスタート。すぐに知り合った周りの講師に声をかけ始めました。ママ向けのレッスンをしてみたかった人とのつながりもできて私の横浜子育てグループ活動が始まったのでした。
3月に引っ越してきて4月にはすでに6月までのイベントを各自が立てて、活動し始めました。どこに行ってもやることは決まっています。レッスンできる場所を探し、講座を立て、告知し、集めていく。もう地道な活動の連続です。集まるとか集まらないは関係なくとにかく走りながらなんでもやるのです。東京、大阪と活動してきてどのぐらいの行動量が必要かはわかっていました。もう、ひたすら発信発信発信。毎回引っ越し1年目の頑張りは振り返ると「よくまあ自分でもあんなにできたな」と思うぐらいです。ここでも、ものすごく働きました。

◆4 ちゃんと満席に!

スタジオを探し、予約し、6月の体験会を満席で開催。このころ、春からの疲れも出たり、毎日レッスンや出会いの交流会のために移動したりで体は疲弊。でも、やっぱり頂いたお問合せには応えたい!とスタジオをもう一つ探し、レッスン数を増やすことに。スタジオを複数借りるということは定期でのレッスンが増えるということ。これは体力的にも精神的にもかなりのチャレンジでした。
このころ、ある人から「山中さんのブログは何をしている人だか分からない」と言われ凹んだ時期でもありました。ブログ名をもっと絞った感じに変えてみたり、色々試行錯誤もしました。でも、どれもこれもなんだかしっくりこなかった。今までを振り返って自分がやっていることは確かに一見するとバラバラに見える。ただ、私の中では色んな講座を教えていても、終始一貫して「学びを通じてママがつながる場を作る」という大きなテーマがありました。そして、これまでお客さまになってくれたママたちが口をそろえて言っていたのは「転勤族でも、子どもがいても諦めないで進む山中さんに励まされた!」ということだった!!と思い出したのでした。私は私のやり方で働いていく!その瞬間またブログ名をもとに戻し「集まれ母たちブログ」として再スタートしました。

◆5 大阪に行く夢

大阪の友人、林ゆいさんが言っていた「仕事で大阪に行く」を叶えるべく、大阪講師交流会を企画。林さんちに泊めてもらうことにして、往復の新幹線代がちゃんと出るぐらいは集めよう!と二人で再び集客の日々。引っ越してから4か月後の7月、梅田で交流会を満席御礼で開催したのでした。新幹線での移動ははじめてではなかったけれど、「仕事でいく」ということに異様に緊張してしまい、前日はほとんど眠れませんでした。
今まで、引っ越したら二度とそこで出会ったお客様たちには会えないし、永遠の別れになってしまう(涙)ぐらいに思っていた私。でも、よくよく考えたら大阪は新幹線で2時間半。物理的に遠かったわけでなくて、「自分にはそんな遠い場所はいけない」「新幹線代を出すのは無理」という勝手な思い込みだったのだと思います。このチャレンジで「お客さまが集まれば大阪に行ける」「喜ばれれば仕事になる」「集客や教室作りのノウハウを知りたい人がいる」ということに気が付きその後の私の活動につながったのでした。
引っ越しがあるということはこれまで私にとってネガティブなことでした。一方で「次の引っ越しまでという期限付き」であったからこそ、常に何をしないといけないか?どうしたらお客様が喜ぶか?を常に考える癖がついたとも言えます。そして、その行動を人の2倍3倍のスピードでやっていく。この経験がのちに時間マネージメント講座づくりに活きてくるのでした。

◆6 発展への道のり

横浜に来て参加した横須賀の講師交流会でたくさんの講師たちに出会いました。その中で家も近く、何度か交流会でお会いして距離が縮まっていったのが心理カウンセラーの渡辺あつ子さんでした。実は、横浜への引っ越しが決まってすぐに大阪で検索してあつ子さんのブログに読者登録のメッセージをしていた私。のちにあつ子さんが「まだ、引っ越してもいないのにすごい行動力の人だな!」と驚いたと言っていたっけ。あつ子さんとは共通の知人や講師も増えてきていたところで、徐々に子育てグループの活動に協力してもらうようになっていきました。

子育てグループといってもママ向け講座はもちろん、ニュースレターづくりやその印刷、配布、メール会員の仕組みづくり、メルマガの発行、サークル紹介のカードづくりなどかなりやっていることは多岐にわたっています。もちろん予算があれば外注もできるのですが、予算の兼ね合いもあり、自作が一番スピーディーでお得。そうした団体運営のアレコレを自分のレッスン、講師向けのサポート業と平行してやっていました。

このころ、私とあつ子さんは月何十時間もの膨大な事務作業をし、運営のための仕組みづくりをしていました。ただ、そういう事務作業はやっていない人、やったことない人には大変さもなかなか伝わらないのです。そんなに時間もエネルギーを割いているのにも関わらず、少しずつ仲間たちと意識の差が生れてきていたのでした。